
棚町 光喜さん(山隈)
気づけば30年 子どもも稲も 手助けすれば どんどんよくなる
菊池小学校の児童に赤米作りを教え続けて30年。今年度で棚町さんは後進に道を譲ります。赤米作りを通して伝えてきたことや思い出を伺いました。
大好きな菊池の子どもたちに一粒のもみの大切さ伝えたい
菊池小の米作りは平成3年から開始しました。米作りを子どもたちに指導してほしいとの当時の校長先生からの依頼があり、日本人の主食の「米」を大事にしてほしいという思いから引き受けました。菊池小は私の母校。私の子どもたちも通い、PTA会長も務めた経緯もあって縁を感じていました。
米作り開始当初は、もち米を育てていたのですが、私より前にPTA会長を務めた久保山文利さんから「せっかく子どもたちと米作りをするのなら、古代米である赤米を育てては」とのアドバイスを受け、途中から赤米に変わりました。
菊池小で米作りをするのは3年生と5年生で、種まきから稲刈りまで自分たちの手で体験します。子どもたちには、稲の一生を伝えます。稲を植えたからすぐ米ができるわけではありません。肥料、除草、あぜ草刈りなどたくさんの手が加わっていることを伝え、子どもたちには観察をしてもらいます。収穫した一粒のもみは、種もみになり、翌年たくさんの米を実らせます。一粒も無駄にしてはいけないと、稲刈りの時には最後の一粒まで拾うようにと指導していました。
子どもたちの指導が自分の成長にもつながった
子どもたちは、田植え前の田んぼの感触や、稲刈り中に体がチカチカした経験など、卒業した後も覚えています。道端で中学生に「棚町先生」と声をかけられ、部活などの話しをして、子どもの成長を感じられるのが嬉しいですね。先日は、私が赤米作りの指導をやめることを知った卒業生から「30年お疲れ様でした」と記された手紙をいただきました。
子どもたちを指導するときに大切にしていたことは、「必ずほめること」「目線を下げて話すこと」「名前で呼ぶこと」です。頑張ったことをほめられるのは嬉しいことですし、名前を呼ぶことで心の距離も近くなります。子どもたちとは、言葉遣いや話し方も考えながら接するので、私もいい勉強になりました。
指導方法も工夫を重ねてきた30年
その年にする内容は先生と打ち合わせをして決めてきました。当初、稲刈りでは稲を刈るだけ、刈った稲を運ぶだけと役割分担をしていました。両方を経験した方がいいと、15年前から2人1組で交代しながら作業するように変えました。
子どもたちに教えるときには、同じ目線にたって伝えることを大切にしていました。
子どもたちからの手紙は、私の宝物

授業をした子どもたちからたくさんの手紙をもらい、そのすべてを大切に保管しています。これはお金で買えない宝物。30年間の証です。将来私が亡くなっても捨ててはいけないと家族にも伝えています。手紙の中で特に印象に残っていることは、「赤米の音楽」を作曲してくれたことです。米作りの過程を音楽にするという自由な発想には感動しましたね。
写真:子供たちが作った赤米の音楽冊子の1ページ
たくさんの支えがあればこそ
お手伝いをしてくださる保護者の皆さんや先生方、そして赤米作りに田んぼを貸してくれた安丸和子さん、さまざまな方に関わってもらいました。私一人ではとうていできないことです。
安丸和子さんは私の幼なじみで、6年前に体調を崩し、やめてしまおうかと悩む私に「やめたらいかんよ」と励ましてくれました。その言葉があったから続けることができました。
もちろん、子どもたちの存在が一番の原動力です。
最後に
菊池小で作られた赤米の種もみは、熊本県菊池市の小学校にも広がり、赤米作りを通じた交流ができました。
一粒の種もみが翌年たくさんの稲穂をつけるように、棚町さんの思いが込められた赤米作りは、子どもたちの笑顔や学び、そして地域を越えたつながりとして大きく実り、この先もつながり続けることでしょう。
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